-EAドリーム-30万を約60倍にしたある物語
第十二話「職業はFX専業トレーダー」

road-to-20-million

前回はこちら

「改造しましょう」

俺たちは最もパフォーマンスが高かったEAを改造することにした。

そして、エンジニアの人達に

EAにいくつかの機能を追加してもらった。

そして、新機能の有効性を検証すべく

俺や自営業の人達は、日々バックテストやフォワードの検証をし続けた。

俺は他にやることはなかったし、自営業の人達は時間の融通が利きやすかったからだ。

そんなことをずっとやっている中で

俺は、大学を卒業した。

相場やEAばかりやっていた俺は

就職はしなかった。

大学院に行くことにしたのだ。

しかし、来年の話だ。

来年受験する、今年はEAをやると決めたのだ。

それは所謂モラトリアムで

就職しないことや大学院に行かないことの口実だったのかもしれない。

そして、大学卒業して間もなく

俺は法人設立に着手した。

当時はFXは雑所得。

節税対策としては法人を設立するのが一般的なやり方だった。

この時、30万から始めたFXは

250万くらいまで増えていた。

今年はめちゃくちゃ勝てると思う。

そう思った俺は、早い段階で法人設立することにしたのだ。

そして、法人は最大限節税出来るように

通常とは異なるやり方で行った。

これは自営業の人に教えて貰ったやり方だった。

(こういうのも仲間がいることの良さだ。大学生の、いや30代の今の自分でも

教えて貰わなければ知らないやり方だっただろう)

そして大学卒業した6月

法人が設立された。

これで、名義的にも俺は

職業は「FX専業トレーダー」になったのだ。

「まさか俺が節税のために法人を作るようになるとは・・」

「てか、まあ一応、FX専業トレーダーか・・」

「株でボロ負けしてメンタル崩壊していた時には信じられない話だ」

俺はなぜか異様に感情的になった。

引用:スラムダンク30巻

また、法人設立が完了したとき

俺の資産は400万を超えた。

俺は株で400万負けた分を

ついに取り返すことも出来たのだ。

更にこの月は月単位の収益が

初めて100万を超えた月だった。

色々なことを成し遂げた月だったのだ。

そんな中、俺たちは相変わらずEAの開発を続けていた。

・朝スキャ

・トレンドフォロースキャ

・マーチンゲール

・ブレイクアウト

色々なEAを開発していたのだ。

また、優れた有料EAや無料EAも使っていた。

しかし、際立ってパフォーマンスが良かったのは

俺が提供したフリーEAをベースに改造した朝スキャだった。

安定感が抜群だった。

そして、次第に俺たちのメンバーのうちの

会社員の人達とは疎遠になり始めた。

会社員の人達は、俺たちの話しについていけなくなったのだ。

FX専業や自営業の人達とは検証量が段違いだったからだ。

会社勤めしながらEAの開発や検証をがっつりやるのは中々しんどい。

(というか無理。今、自分が会社員とEA開発、両方の立場を経験して良く分かる)

また、FX専業や自営業の人達は収入に安定感がないため

勝ちたいという意志が強かったのだろう。

だから、検証にも自ずと熱が入る。

それは俺も同じだった。

そうして、検証量に差が出始め

開発メンバーに会社員の人達はいなくなった。

何もせずに優れたEAや情報だけ貰うのは気が引けたのだろう。

(それはお互いにそうだったのかもしれない)

そして、そんなことを繰り返しているうちに

俺は安定的に稼げるようになった。

ちなみに下記がその年の収益表である。

(表というかメモである笑)

昔のPCのデータを漁っていたら出てきたものだ。

色々と見にくいが、週単位の収益を記録していたものだ。

なお、海外業者を使っていたためドル表記である。

この年

12月以外は月単位全勝

平均月70万程、多い月は120万程稼いでいた。

当時24歳だったことを踏まえると十分に稼いでいた。

しかし全く安心感がなかった。

なぜなら、

FXなど、いつ勝てなくなるか分からないからだ。

確かに、朝スキャEAはめちゃくちゃ強かった。

しかし、朝スキャ以外に安定的に稼げそうなEAはなかった。

そして、朝スキャはあと2年くらいで勝てなくなる

そんな気がしていたのだ。

なぜなら、

世界中で朝スキャのことは知れ渡ってきており

皆が同じ戦略で勝てることなどありえないからだ。

だから、勝てるうちにがっつり勝たないといけない。

そう思っていた。

これは、俺が新卒で就職せず

大学院にも行かなかったことにも不安に拍車を掛けた。

新卒就職しなかったり、一度道を外したりすると、就職はかなり不利になると思っていたからだ。

だから、FXが無理なら就職

そんなことは厳しいと思っていた。

それは、例えば、当時話題になった

フリーザ様に学ぶフリーター問題

などからそう思わせた。

引用:フリーザ様に学ぶフリーター問題(DBのコラ)

(なお、そんなことは全くない。20代など、可能性に満ち溢れている。いや、年齢など関係ないかもしれない)

だから俺は、金額としては十分に稼げていても

安心感はなかったのだ。

しかし、そんな心配とは裏腹に

俺の資産はどんどん増えていったのだった。

結局、この年の12月終わりには

FXの総収益は1,000万を突破した

この年の初めの資産は180万くらいだったので

おおよそ6倍くらいに資産を増やすことが出来た。

しかし、全てが順調に進んでいたわけではなかった。

途中、ある業者から入金したのに入金されていないことにされたり

ついには出金拒否をされたりして

めちゃくちゃ戦っていたこともあった。

この時は相当イラついたので怒りのメールを送っていた笑

例えば下記のようなメールである

海外業者で日本語対応はしていなかったため

英語でのやりとりになる

(英語は通じれば良いと思い適当である)

ゆうちょ銀行からこの業者に送金したが、届いていないとこの業者に言われ続けた。
そして追跡調査を色々したところ、その業者の口座に着金していたことが分かった。
嘘をつかれていたことが分かりブチ切れメール笑
いつまで経っても出金されず、問い合わせると毎回すぐに出金しますとか言われる。
我慢の限界がきてブチ切れメール笑

ただしこの業者は危ないことが分かっていたため

少額だけ入れてハイレバ→勝ったら出金というのを繰り返していたので

大きな被害にはならなかった。

(当時はBitwalletのようなオンラインウォレットで低手数料で出金はいくらでも出来た)

といっても50万ほどはやられてしまったが。

ちなみに上の資産表のPRIME -5700 というのがそれだ。

その後、程なくして、この業者は全顧客の資産を持ち逃げしてどこかに消えた。

そんなこともありながら

毎日負けたら痛いロットを張り続け、不安の中で戦い

さらにひたらすEAの検証を行い続けたため

俺の精神は限界に来ていた。

1,000万突破もあり

12月の終わりから2週間程、俺は完全に相場から離れることにした。

チャートも一切見ないようにしたのだ。

そして、1月の2週目から、俺は相場に復帰した。

気分はかなりリフレッシュ出来た。

その後、程なくして

当時、ものすごいパフォーマンスを出しているEAを

開発した人のセミナーに参加した。

これはEA界隈で話題になっていたものだった。

凄まじい売買回数でほぼ負けることなく

資産がひたすら増えていたのだ。

それもリアル口座で。

そのセミナーは募集開始後

即座に満席になり

当日は30人近い人が集まった。

(そのセミナーではそのEAのロジックの説明がされた。ロジックは一応秘密にしておく)

そして、そのセミナーが終わった後、懇親会という名の

飲み会が開催された。

俺のテーブルには、裁量で著名なトレーダーの人もいた。

この人は

俺がCFDを行うきっかけになった人で、

ダウの勝ち方を記事に書いていた人だった。

そして、チャットで一緒に話したこともある人だった。

(当時の話はこちら

軽く、そのことについて話した。

当然、チャット参加者は大勢いたため

俺のことは覚えていないようだったが笑

当時のダウを懐かしく話した。

そして、そのテーブルには、たまたまFX雑誌の記者の人もいた。

当時は2011年の冬

まだ、FX界では、EAなど主流ではなかった。

その時に、この記者の人はこう言っていた。

「EAは絶対に今後流行ると思うんです!」

俺も同じことを思っていた。

俺はその記者の人から、EAについて色々聞かれた。

俺が何をやっているのか。

記者の人は非常に興味深そうに聞いていた。

EAのことを興味深く聞いてくれる人など中々いない。

だから俺は話すことが楽しかった。

色々話した。

そして、飲み会が終わったとき

俺はその記者の人から連絡先を教えてほしいと言われ

俺のメールアドレスを教えた。

そして、2週間ほど経った時だった。

俺のメールアドレスに一通のメールがきた。

「先日はありがとうございました」

「是非、EAについての取材をさせて頂きたいのですが、可能でしょうか?」

まさか、株時代にボロ負けだった俺が取材とはね・・

また変に感情的になりそうになった。

そして、面白そうだと思った俺は、取材を引き受けた。

「はい、是非よろしくお願いします」

俺は即答した。

こうして株で典型的な負け組トレーダーだった俺は

勝ち組トレーダーとして

FX雑誌に載ることになったんだ

続く

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