-EAドリーム-30万を約60倍にしたある物語
第四話「信用取引の魔力」

road-to-20-million

前回はこちら

「150万貸してやるよ」

父はそう言った。

当時は、2008年の春。

そう、リーマンショックの少し前だ。

2007年は非常に景気が良い年だった。

自営業の父は、その頃は羽振りが良かったのかもしれない。

それとも

対して会話のない大学生の息子と

株の話題を通じて

会話が増えたらよい。

もしかしたら心のどこかで

そんな考えもあったのかもしれない。

それともただの気まぐれか。

未だにその理由は分からないが、とにかく

150万貸してやるというのだ。

俺は覚悟した。

「この150万は絶対に増やさないとならない・・」

「貸してくれ」

そう言って、5日後には150万を借りて

株の口座に入金していた。

この時100万以上の損失を

わずか4か月ほどで出していたのを

知っていたのは自分だけだ。

流石に4か月で100万負けたと知ったら

150万を貸すということはなかっただろう。

父はこう見えてリスク回避型の人間なのだ。

俺は絶対に勝たなければと思った。

もはや

当初の株を始めた目標

「大学生のうちに一億稼ぐ」

というのは夢のまた夢。

俺は損失を取り返すことに必死だった。

「追加の150万と現在の残り資産約25万、合わせて175万」

「こいつで100万の損失を取り返す・・・」

「しかも負けていると周りに言いたくないので3か月以内達成したい・・」

「結構きついよな・・」

俺は何か打ち手はないのか模索した。

そして、打ち手を見つけたのだ。

信用取引というものだ。

信用取引とは

株の口座の預けている資金の3倍の取引が出来るようになるものだ。

つまり、口座に100万しか入っていなくても、300万分の株が取引出来るようになるのだ。

つまり、

勝つことが出来れば、利益が3倍になるのだ。

また、空売りという手法も使えるようになる。

詳しい説明は省くが

通常、株は買ったら買値よりも上昇しないと利益は出ないが、

買いではなく、売りから入る、というのが出来るようになることで

株価が下落しても利益を出すことも出来るようになるのだ。

「信用取引を使えば利益3倍・・・」

「株の下落局面でも利益は出せる・・・」

「信用取引だ」

俺はそう思い、信用取引の口座を申し込んだ。

そして、約10日後に信用取引が出来るようになった。

しかし、当たり前だが怖さがあった。

そう、利益は3倍だが、損失も3倍になるのだ。

引用 ドラゴンボールZ 20巻

「絶対に負けられない」

俺はそう強く思った。

そして、俺はこの頃から、

インジケーターというものを知った。

これは、株価の値動きをテクニカルに分析するもので

現在、トレンドが出ているのか

一時的に買われ過ぎ、売られ過ぎなのか等を

視覚的に示してくれるものだ。

その中で

「ボリンジャーバンド」

というものを知った。

これは、上限と下限の線が株価にタッチしていたら

買われ過ぎ、売られ過ぎと判断するものだ。

下記の画像はある株価にボリンジャーバンドを当てたものだ。

上の線は買われ過ぎ基準、下の線が売られ過ぎ基準である。

(もしくは、その方向にトレンドが出ている、と判断する場合もある)

「ボリンジャーバンドか・・・」

俺は過去の株価をボリンジャーバンドに合わせて見てみた。

「・・・これ、上の線が株価にタッチしたら売ればいいし、下の線が株価にタッチしたら買えばいいんじゃね?」

直近の値動きを分析してみたら、その傾向が強かったのだ。

勿論、全てがそれで上手くいくわけではない。

しかし、トータルで見たら勝てそうだ。

「ボリンジャーバンドめっちゃ良いじゃん」

「つか、みんなこういう見てトレードしていたのか!」

「丸腰の俺、勝てるわけないじゃん・・」

装備が0で戦いの場に出ていた自分を恥じた。

また、次はどういう株で売買しようか考えていた。

流石に仕手株は懲りていたのだ。

そして、次は不動産関連の株に目を付けた。

不動産関連の株は、比較的値動きが激しく、短期的に資産を伸ばすのには

打ってつけだと思った。

また、BNFのトレード手法を調べていたら

「同セクターの株を参考に売買する」

という手法を見つけた。

つまり、例えば不動産セクターにおいて

Aという不動産株が値上がりしたら

それにつられて

Bという不動産株も値上がりする

というようなことが起こりやすいのだ。

だから、同セクター内の株価を複数監視しておき

セクター全体として値上がっているときに

値上がっていない株を買う、という戦略だ。

俺は

「ボリンジャーバンド」と「同セクター監視」戦略を武器に相場に参加した。

すると、勝てるようになった。

ボリンジャーバンドは上手く機能するし

同セクターで値動きが遅い株を買う、というのも上手く機能した。

そして、2週間で+5万程になった。

「これはいけるかもしれない」

やっとそう思えた。

しかし、その後は勝てなくなってきた。

ボリンジャーバンドの下の線で買ったら、そのまま下落する、ということが頻繁に起こるようになった。

「おい、全然勝てねーじゃねーか!!」

「ボリンジャーバンド使えねえ」

俺はボリンジャーバンドを使うのを止めた。

そして、同セクター戦略も、他の株につられて必ずしも値上がるということではなく、むしろ値下がるようなことも起きた。

「くそ、これもダメだ!」

俺は両方の戦略が破綻し、

また勘と2chの書き込みを参考に売買するようになった。

勿論、全然勝てない。

今まで勝てなかったやり方と同じことをやるんだ。

勝てるわけがない。

そして、150万の追加入金は、わずか3か月後には30万程になっていた。

値動きの激しい不動産関連の株を

信用取引を使って3倍のスピードで損失を出して行っていたため

負けは恐ろしいスピードで積みあがっていった。

毎日のストレスは恐ろしいものだった。

資金が加速度的に減っていくあり様と

自分の無能ゆえの未来への希望のなさをかみしめていき

精神は限界にきていた。

「もう駄目だ・・・」

「なんで株なんてやったんだろう」

この時点でトータルの損失は250万程。

株を始めてから約7か月だ。

大学生にしてはデカすぎる損失。

しかも、親とはいえ借りている金。

負けているとはいわず、借りている金。

俺は精神的にかなり参っていた。

「どうしよう・・・」

俺は毎日眠れない程悩まされた。

そして、ある時、リビングでボーとしていた時だった。

「最近株はどうなんだ?」

また父に話し掛けられた。

俺は精神的に参っていたため、

相場のことは話す気になれず

「つか、相場のこととか聞かないでくれる?イライラするから」

といって、突き放した。

金を貸してくれたにも関わらず、俺は突き放すような態度を取った。

父は察してか、それから一切株の話をして来なかった。

今思えば酷いものだが、当時はそんなこと考える余裕がなかった。

家族相手でも、俺は人に八つ当たりをするようなことはほとんどなかったのに。

「250万の損失、元手30万で取り返せるわけがない・・」

「どうすればいいんだ・・・」

俺は圧倒的な絶望のさなかにいた。

そして、その時はちょうど夏休みのときだった。

母から連絡が入った。

三人で暮らしていた親戚のうちの二人が、ほとんど同時期に亡くなってしまったと。

最近は全然会っていなかったけど、昔はちょくちょく会っていた親戚だった。

そして、三人で暮らしていて一人になってしまった

おばをうちで預かることになったのだ。

おばは体が少し不自由で一人暮らしは厳しかった。

そして、その親戚の相続の手続きが必要になった。

亡くなってから1か月程経った時だった。

母が着手することになったが、母は父の会社で働いており、中々手が空かない。

親戚は少し遠方に住んでいたので、役所などの手続きに手間が掛かる。

「ねえ、あんた株とかやってんでしょ」

「亡くなったおじさん、株を持っていたようだから、役所とか証券会社とかいって相続の手続きしてくれない?」

正直、いまだに株の状況は変わらず、精神的にそれどころではなかった。

「うーん、俺がやらないとダメか?」

「やってよ。夏休みで時間あるでしょ?」

「しょうがないな・・」

「すぐに必要なお金でもないから。うちで預かってるおばさん、お金沢山あるし。時間ある時でいいから」

すぐに必要ではない・・?

俺は、またまた思いついた。

次なる一手を。

「・・・その株っていくらくらいになるんだ?」

「分からないけど、多分100万くらいかな」

・・・

・・・

・・・

「俺が手続きするから、それ株で運用していいか?」

続く

第五話