-EAドリーム-30万を約60倍にしたある物語
第五話「親戚の金でデイトレ」

road-to-20-million

前回はこちら

「俺が手続きするから、それ株で運用していいか?」

元手が30万しかない今、300万近い損失を取り返すためには

追加入金は不可欠であった。

「・・・」

しかし、母は渋った。

実は大負けしているんじゃないの?

そんなことを思ったのかもしれない。

いや、そもそも

100万もの金を貸して

大学生の息子に運用させるなど

正気ではないのかもしれない

「借りるだけだから」

「使わない金、眠らしておくなら運用したほうが良いでしょ」

「株以外でも相続に関する手続き、やってもいいから」

「じゃあ毎月決まった額を返済して、1年で返済してよ」

母は承諾した。

やはりこういうのは女の勘が働くのだろうか。

それとも、リスク回避型の母は、株など触らないほうが良いと思っていたのか。

それとも、父が総額250万貸していたのをみて、感覚がおかしくなっていたのか。

いずれにしても、親戚は遠方に住んでいたため、相続の手続きは煩雑になる。

そして、今は仕事が忙しいようだった。

そのこともあって、最終的には承諾した。

俺は遠方の役所や、証券会社に行って相続の手続きをした。

そして、3週間ほどで手続きは終わり

手元に相続分の株を換金した分が入ってきた。

相続分の株は全部で110万程あった。

俺はこれに今手元にある30万を+して、

約140万でデイトレを再開した。

これまで株で沢山の経験をしたきた。

デイトレの仕方も分かってきた。

今度こそ勝てる・・

そう思っていた。

扱う株は、市場参加者が集まりやすい

値動きの激しい株を中心に売買していった。

値動きが激しいからこそ

短期的に稼げる可能性が高いからだ。

途中、仕手株に上手く乗れて

6万で買った株が

数日で12万になって

売却出来たこともあった。

しかし、

明確な戦略などないまま

値動きの激しい株を

信用取引を使って売買していく。

同じことが起きる。

負ける。

何をやっても負ける。

損失は無慈悲に膨らんでいく。

俺はこの頃から

大負けしたら

家の中で

マウスをぶん投げたり

大声で発狂したりした。

ある時、大きな含み損を抱えてしまい

嫌になり横になっていたら寝てしまい

その株の夢をみた。

夢の中でその株がどんどん下がっていき

PCの画面を下に突き抜けて株価が下がっていき

慌てて夢から目が覚めたこともあった。

もう、メンタルはめちゃくちゃだった。

誰にも会いたくなかった。

夏休みだったこともあったが

俺は家族以外とは会わず

一人で毎日デイトレや勝ち方の研究をしていた。

しかし、負ける一方だった。

「株なんてやらなければ良かった」

「大学3年の夏休み、皆楽しく過ごしているだろうに」

「俺はどうしようもないほどの損失を抱えて一人でデイトレ」

「何なんだこれは?」

俺は心底、株なんてやらなければよかったと思った。

そして、俺はわずか2か月後には

また100万近い損失を出した。

そう、相続分の金はほぼ失ってしまったのだ。

結局、大学生だった俺は

わずか10か月程で400万失ってしまった。

「もう株とか無理・・」

「すごい世界だ・・・」

「頭には多少自信はあったつもりだった」

「でも、マジで無理」

「この世界で勝つとか不可能だ・・」

「勝っている人、マジですごい・・」

「俺には無理だったんだ・・」

俺は、ついに無理だと悟った。

400万失って、初めてそう思った。

「株は無理だ・・」

そう思い、株のデイトレはついに停止した。

そもそも

元手30万で

株で400万取り返すなど不可能だ。

停止せざるを得なかった。

しかし、一方で

俺は少し前に見た

ある記事に興味を惹かれていた。

株は無理だと悟り始め

株以外で勝つ方法を探していた時だった。

それは

株で数億稼いだ著名なトレーダーが

最近

CFD

というものを始めた

というものだ。

そして

かなり勝てているとのことだった。

「株なら無理でも、CFDなら勝てるのかな・・・」

俺はそんな淡い期待を抱き

CFDの世界へと足を踏み入れてみることにした。

そう

これが

俺のトレーダーとしての

大きな転換点だったとは知らずに

続く

補足

相続分の借りた金の返済は

自宅で預かることになった

身体が不自由なおばの面倒を

自分が見ていたため

その見返りに毎月の定額返済は不要になった。

そのため、お金を失って

返せないことはバレなかった。(セーフ・・)

第六話